宮沢賢治の歌

宮沢賢治は音楽も大好きでした。暇を見つけてはレコードを買っていた音楽好きです。賢治が頻繁にレコードを買っていくので、地方の店のわりには新譜レコードが多く売れると、行きつけの楽器店がイギリスに本社を置くポリドール・レコードから感謝状を贈られたほどです。そして、蓄音機の竹針を炒めて、音質を高める針を発明したこともありました。その針を、米国ビクター社にサンプルを送りました。製品化するまでには至りませでしたが、賢治の発想は高く評価されました。音楽をこよなく愛した賢治は、作詞作曲で「星めぐりの歌」を残しています。賢治の著作『双子の星』『銀河鉄道の夜』にもこの歌は登場しています。

歌の概要

歌に歌詞に登場している、「赤い目玉のサソリ」は、さそり座の心臓アンタレスです。「青い目玉の仔犬」とは、おおいぬ座のシリウス。「へびのとぐろ」とは逆S字が特徴のりゅう座のことです。また「小熊のひたいのうへは 空のめぐりのめあて」とは北極星のことを指していると思われますが、北極星は本来こぐま座の尾の先の星です。

α星を眼玉と表現していたりと、星座の一般的な解釈とは異なる部分もありますが、歌詞は夜の天空の幻想的なイメージに満ちていて、文学的な評価も高くされています。主旋律は親しみやすい五音音階で構成されていて、BGMや様々な作品中のテーマ曲に採用されています。

採用された作品

  • 『銀河鉄道の夜』(アニメーション映画版)・・・挿入歌:オルゴール
  • 『セロひきのゴーシュ』(アニメーション映画版)・・・オープニングテーマ:児童合唱団トマト
  • 『ふるさとチャイム』・・・東北新幹線・新花巻駅到着時の車内チャイム
  • 『銀河ぽっぽ』・・・花巻駅のからくり時計の正午のチャイム
  • 『銀河鉄道の夜 -Fantasy Railroad in the Stars-』・・・KAGAYAによるプラネタリウム上映用作品:挿入歌とエンディングテーマ
  • 『planetarian 〜ちいさなほしのゆめ〜』・・・ゲームのエンディングテーマ 歌:MELL
  • 『あなたへ』・・・映画 挿入歌 歌:田中裕子
  • 『イーハトーヴ交響曲』・・・ 第2楽章 剣舞/星めぐりの歌で引用
  • 『あまちゃん』・・・2013年NHK総合朝ドラマ  挿入曲として器楽演奏で使用

【星めぐりの歌】

あかいめだまの さそり

ひろげた鷲の  つばさ

あをいめだまの 小いぬ、

ひかりのへびの とぐろ。

オリオンは高く うたひ

つゆとしもとを おとす、

アンドロメダの くもは

さかなのくちの かたち。

大ぐまのあしを きたに

五つのばした  ところ。

小熊のひたいの うへは

そらのめぐりの めあて。

雨ニモマケズ その1

宮沢賢治の作品では、雨ニモマケズはやはり外せない代表作のひとつです。私たちは詩としてこの作品を知っていますが、元々は宮沢賢治が亡くなった後に発見された遺作のメモでした。

「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」の書き出しで始まり、「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」で終わりますが、漢字交じりのカタカナ書きになっています。対句のような表現が全編にわたって用いられていて、最後のセンテンスになるまで主語(私)が明かされない点が特徴になっています。

執筆

東北砕石工場の嘱託を務めていた賢治が、壁材のセールスのために上京しますが再び病に倒れて、花巻の実家に戻って闘病中だった1931年(昭和6年)秋に使用していた黒い手帳に記されていたものです。冒頭部の上の部分に青鉛筆で「11.3」の書き込みがあるので、同年11月3日に執筆したと推定されています。手帳は全体として自省とその当時の賢治の願望が綴られた内容となっています。この手帳は研究者からは「雨ニモマケズ手帳」と呼ばれています。手帳の存在は、賢治の生前には家族にも知られていませんでした。そのようなこともあり、この作品は未発表でした。

発見そして発表

この黒い手帳が発見されたのは、賢治が亡くなった翌年1934年(昭和9年)2月16日に東京・新宿で開催された「宮沢賢治友の会」の席上です。この会合には、友の会から招かれた賢治の弟の宮沢清六が賢治の遺品の大きな革トランク(賢治が壁材セールスの際にも使用した)を持参していました。席上で、参加者の誰かがこの革トランクのポケットから手帳を取り出して他の参会者にも回覧されました。その模様を参加した詩人の永瀬清子が後に書き記しています。

最初の活字化は、賢治没後1年を記念した1934年9月21日付の岩手日報夕刊の学芸第八十五輯「宮沢賢治氏逝いて一年」に「遺作(最後のノートから)」と題して掲載されたものだと思われます。続いて1936年(昭和11年)7月に、日本少国民文庫の「人類の進歩につくした人々」(山本有三編)に収録されました。この間の1934~1935年にかけて最初の「宮沢賢治全集」(文圃堂)が刊行されていますが、こちらには「雨ニモマケズ」は掲載されていません。

1936年(昭和11年)11月には花巻にこの作品を刻んだ詩碑が建立されます。1939年(昭和14年)刊行の児童向け作品集「風の又三郎」(羽田書店)へ収録されたことによって広く世に知られるようになりました。この黒い手長は、2007年(平成19年)7~10月に賢治の描いた絵画など一緒に国内各所で公開されました。手帳の公開は1995年(平成7年)と1996年(平成8年)の公開から12年ぶりとなりました。

法華経の精神

「東ニ病気ノコドモアレバ/行ッテ看病シテヤリ/西ニツカレタ母アレバ/行ッテソノ稲の束ヲ負イ」

というように、労をいとわずに手助けをして「ミンナニデクノボートヨバレ/ホメラレモセズ/クニモサレズ」とあるのは、『法華経』の常不軽菩薩(じょうふぎょうぼさつ)の精神をあらわしているのだとされています。詩句の最後の箇所には、手帳の右側(この手帳は右開きで使用されている)で終わっていて、その左側に「南無無邊行菩薩/南無上行菩薩/南無多宝如來/南無妙法蓮華経/南無釈迦牟尼佛/南無浄行菩薩/南無安立行菩薩」という題目が記されています。

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